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最高裁判所第一小法廷 昭和42年(行ツ)57号 判決

上告人 花里広吉 外一名

被上告人 神奈川税務署長

訴訟代理人 貞家克己 外三名

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人宮崎正男の上告理由第一点ないし第三点について。

一  論旨は、要するに、原判決が、本件土地建物は問題の譲渡前において訴外岡田信二の所有であつたもので、上告人らの所有であつたことはなく、その売買行為も岡田が上告人らの名義を冒用したものであつて、譲渡による所得はすべて同人に帰属し、上告人らには全く無関係であつたとの事実を認定し、かつ、上告人広吉が課税処分前の調査の段階において被上告人税務署長の許に出頭して右の事情を説明した旨の原審証人高橋国太郎の証言を採用しながら、上告人らに本件土地建物に関する譲渡所得ありとしてなされた課税処分を無効でないとしたのは、理由不備の違法を免れず、また、行政事件訴訟法三条四項の解釈適用を誤り、ひいて憲法三〇条に違反するものである、というのである。

二  よつて按ずるに、原判決引用の第一審判決の認定するところは、次のとおりである。

被上告人は、昭和三七月一一月二〇日、第一審判決添付第一目録記載の(一)(二)土地の上告人広吉名義から訴外下川茂、同照井竹雄への譲渡、右(一)土地上の同(三)建物の上告人みち子名義から上告人広吉名義への譲渡につき、上告人らに昭和三五年中に譲渡所得を生じたとして、上告人広吉に対し、同年度所得税一一一万八四八〇円、加算税二七万九五〇〇円、上告人みち子に対し、本件係争外の土地一筆の譲渡をも含めて、昭和三五年度所得税八二万五七一〇円、加算税二〇万六二五〇円の賦課の決定をしたが、右(一)(二)土地および(三)建物は、(一)(二)土地の譲渡前において、すべて岡田信二の所有であつた。しかるに、被上告人が(一)(二)土地および(三)建物の前記譲渡につき上告人らに譲渡所得ありとしたのは、以下述べるような事情のもとに、主として登記簿の記載に拠るものであつた。すなわち、上告人らは夫婦で、岡田は上告人みち子の姉の内縁の夫であるが、岡田は、上告人らに無断で、自己所有(ただし、登記簿上は第三者名義)の(一)(二)土地につき、昭和二八年六月一〇日、上告人広吉名義に所有権移転請求権保全の仮登記を、また、同じく自己所有(ただし、登記簿上は第三者名義)の(三)建物につき、昭和三二年一一月一三日、上告人みち子名義に所有権移転登記を経由した。その後、岡田は、自己の債務を返済するため(一)(二)土地を売却する必要に迫られ、なお、(一)土地の売却には、同土地とその地上の(三)建物との所有名義人を同一にしておくことが有利と考えて、上告人ら名義の印章を無断購入して印鑑届をしたうえ、上告人ら名義の売買契約書、登記申請書、委任状等を偽造し、これを行使して、(一)土地につき昭和三五年九月一三日上告人広吉に対する所有権移転の本登記を、(三)建物につき同日上告人みち子より同広吉に対する所有権移転登記を経由したうえ、(一)土地を同年一〇月二八日、代金八五〇万円で下川に売り渡し、また、(二)土地につき同年一二月一三日上告人広吉に対する所有権移転の本登記を経由したうえ、同月二四日、これを代金三九万五一〇〇円で照井に売り渡した。被上告人は、主として登記簿の記載に依拠しつつ、これに買受人下川、同照井に対する反面調査の結果を加え、さらに、昭和三六年三月一〇日および同三七年九月二〇日の二回にわたり上告人広吉に出頭を求めたが応じなかつたとして、同年九月二六日、上告人らに対し昭和三五年度の譲渡所得の税額を通知したうえ、同三七年一一月二〇日本件の決定に及んだが、上告人らからは適法な異議申立期間内にその申立てがなかつた、というのである。

三  これを要するに、(一)(二)土地は、いずれも岡田が、第三者名義で所有していたものを、ほしいままに、上告人広吉名義に所有権移転請求権保全の仮登記を経由し、その後七年余を経て同上告人名義に本登記を経由したうえ、同名義で他に売却し、また、(一)土地上の(三)建物は、同じく岡田が、第三者名義で所有していたものを、ほしいままに、上告人みち子名義に所有権移転登記を経由し、その後二年余を経て、同名義で上告人広吉に対する所有権移転登記を経由して、(一)土地の売却の便宜を図つたものである、というのであつて、けつきよく、以上の各登記および(一)(二)土地の売却は、岡田が上告人らに無断でしたことで、上告人らは、(一)(二)土地および(三)建物のいずれについても、これを所有したことはなく、したがつて、上告人ら名義でなされたこれらの土地建物の譲渡のいずれについても、被上告人主張の譲渡所得を生ずるに由ないものであつた、というに帰着する。

四  ところで、課税処分が法定の処分要件を欠く場合には、まず行政上の不服申立てをし、これが容れられなかつたときにはじめて当該処分の取消しを訴求すべきものとされているのであり、このような行政上または司法上の救済手続のいずれにおいても、その不服申立てについては法定期間の遵守が要求され、その所定期間を徒過した後においては、もはや当該処分の内容上の過誤を理由としてその効力を争うことはできないものとされている。

課税処分に対する不服申立てについての右の原則は、もとより、比較的短期間に大量的になされるところの課税処分を可及的速やかに確定させることにより、徴税行政の安定とその円滑な運営を確保しようとする要請によるものであるが、この一般的な原則は、いわば通常予測されうるような事態を制度上予定したものであつて、法は、以上のような原則に対して、課税処分についても、行政上の不服申立手続の経由や出訴期間の遵守を要求しないで、当該処分の効力を争うことのできる例外的な場合の存することを否定しているものとは考えられない。すなわち、課税処分についても、当然にこれを無効とすべき場合がありうるのであつて、このような処分については、これに基づく滞納処分のなされる虞れのある場合等において、その無効確認を求める訴訟によつてこれを争う途も開かれているのである(行政事件訴訟法三六条)。

もつとも、課税処分につき当然無効の場合を認めるとしても、このような処分については、前記のように、出訴期間の制限を受けることなく、何時まででも争うことができることとなるわけであるから、更正についての期間の制限等を考慮すれば、かかる例外の場合を肯定するについて慎重でなければならないことは当然であるが、一般に、課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存するもので、処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要のないこと等を勘案すれば、当該処分における内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであつて、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者に右処分による不利益を甘受させることが、著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合には、前記の過誤による瑕疵は、当該処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当である。

五  これを本件についてみるに、上告人らは、前記のように、(一)(二)土地および(三)建物のいずれをも所有したことがなく、その真の譲渡人は岡田であり、したがつて、譲渡所得はほんらい同人に帰属し、上告人らについては全く発生していないのであるから、本来課税処分は、譲渡所得の全くないところにこれがあるものとしてなされた点において、課税要件の根幹についての重大な過誤をおかした瑕疵を帯有するものといわなければならない。

そして、上告人らが本件課税処分を受けるに至つた事情についてみるのに、原審認定の事実関係を前提として考察すれば、本件課税処分の基礎資料となつたものは(一)(二)土地および(三)建物に関する登記簿の記載であるが、その登記手続は、岡田の偽造した上告人らの印章、上告人ら名義の売買契約書、登記申請書、委任状等によるものであつて(下川に対する反面調査において提出されたのも、右の売買契約書および領収書等である。)、けつきよく、上告人らは岡田に名義を冒用されたのみで、本件課税処分の基礎資料となつた登記簿の記載の現出等につきいかなる原因を与えたものでもない、というに帰着する。

要するに、上告人らとしては、いわば全く不知の間に第三者がほしいままにした登記操作によつて、突如として譲渡所得による課税処分を受けたことになるわけであり、かかる上告人らに前記の瑕疵ある課税処分の不可争的効果による不利益を甘受させることは、たとえば、上告人らが上記のような各登記の経由過程について完全に無関係とはいえず、事後において明示または黙示的にこれを容認していたとか、または右の表見的権利関係に基づいてなんらかの特別の利益を享受していた等の、特段の事情がないかぎり、上告人らに対して著しく酷であるといわなければならない。

しかも、本件のごときは比較的稀な事例に属し、かつ、事情の判明次第、真実の譲渡所得の帰属者に対して課税する余地もありうる(論旨の指摘するところによれば、原判決の言及する証人高橋国太郎の証言は、上告人広吉が被上告人のした呼出に応じて、本件賦課の決定前の調査の段階において被上告人の許に出頭し、以上の事情を説明した、というものである。はたして然りとすれば、たとえ法定の期間内に適法な異議申立てがなかつたとしても、被上告人において、真実の所得者たる岡田に対して、(一)(二)土地の譲渡につき所得税の賦課の決定をする余地も充分ありえたものといわなければならず、上告人らが適法な異議申立てをしなかつたからといつて、ただちに、被上告人において岡田に対する正当な課税の機会を逸したものということもできないのである。)ことからすれば、かかる場合に当該処分の表見上の効力を覆滅することによつて徴税行政上格別の支障・障害をもたらすともいい難いのであつて、彼比総合して考察すれば、原審認定の事実関係のみを前提とするかぎり、本件は、課税処分に対する通常の救済制度につき定められた不服申立期間の徒過による不可争的効果を理由として、なんら責むべき事情のない上告人らに前記処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的事情のある場合に該当し、前記の過誤による瑕疵は、本件課税処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当である。

六  そこで、進んで本件において、岡田が(一)(二)土地につき上告人広吉名義の仮登記を、(三)建物につき上告人みち子名義の登記を経由した経緯をみるのに、原判決引用の第一審判決の認定するところによれば、岡田は、昭和二八年頃上告人らから三〇万円を借り受けたが、自己の経営する会社の事業が思わしくなかつたところから、万一の場合の右借受金の担保として自己所有の(ただし、登記簿上は会社名義となつていた。)(一)(二)土地を上告人広吉名義としておくよう内妻の静子(上告人みち子の姉)に勧められ、また一つには、名義を変えておけば会社の債権者から差押えを受けることも避けられると考えて、上告人らに無断で、昭和二八年六月(一)(二)土地につき上告人広吉名義に仮登記を経由し、また、同三二年一一月同様の趣旨で、自己所有の(ただし、登記簿上は第三者名義となつていた。)(三)建物につき上告人みち子名義に所有権移転登記を経由した、というのである。これによると、上告人らと岡田との間には、実質上(一)(二)土地および(三)建物によつて担保される債権関係があつたものということができ、これらの土地建物に対する上告人ら名義の前記の仮登記および本登記は、必ずしも上告人らに不利益なものでないことが明らかであつて、以上のような上告人らと岡田らとの間の事実上の親族関係および貸借関係を考慮すれば、かりに前記の各登記が、その当初において、岡田が上告人らに無断でその名義を冒用することにより経由されたものであるとしても、その後上告人らにおいて、その事実を知りつつこれを容認したということも決してありえないことではなく、(一)(二)土地の売却によつてさきの貸金が回収されうるとすれば、上告人広吉名義をもつてする売却も、必ずしもその意に反するものとは限らないこととなる筋合である。

そして、かりに上告人らにおいて、岡田がほしいままにした登記を事後的に容認していた事実があり、または右登記上の表見的権利関係の存在によるなんらかの利益を享受していた事実があるとすれば、その事情のいかんによつては、右権利関係の誤認に基づく瑕疵の存する処分による不利益を上告人らに甘受させることも、あながち不当とするには当たらないと認められる余地が存するのである。

七  しかるに原判決が、上記に指摘した諸点を顧慮することなく、本件課税処分は課税要件のないところに課税したもので、その瑕疵は重大であるが、なお明白であるとはいいえないとして、これを無効でないと即断したのは、課税処分の無効に関する法の解釈適用を誤つたか、または審理不尽、理由不備の違法があるものというべく、論旨はけつきよく理由があり、原判決は破棄を免れない。そして本件は、なお上記に指摘した点についてさらに審理する必要があるので、これを原審に差し戻すべきものとし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 大隅健一郎 藤林益三 下田武三 岸盛一)

上告理由〈省略〉

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